出演番組紹介 2009年


オレンジレンジが出演したテレビ・ラジオの様子を、ワタシ視点でお伝えします。






(2006年放送) 


スーパーライブ ORANGE RANGE in 武道館(TV)2009.2.13











スーパーライブ ORANGE RANGE in 武道館(TV)2009.2.13
ライブ映像に挟まれたインタビュー部分だけですが。

<『キリキリマイ』でデビューして5年初の武道館を迎えた>
<ライブで変わったこと>
洋くん「メンタル的な部分ではー向かう姿勢じゃないですけど、そういうのはだんだん変わってきたっす。
バンドの、ひとつのピースとして、ある、じゃないですか。で、うまくてもこのピースにはまれなかったら、
そこで存在できない、わけで。あと優先的にくるのが、オレンジレンジっていうこの、他の四人かな、と、
はまるっていう、それがちょっと変わったかなって感じするんすけどね。」

ナオトくん「俺がまずあのーメンバーというかまおもに3人?ボーカル3人を見るようになったんですよ。
ちょっと見てみようかな、と。つい1年前。したら面白いんですよ、動きとかあのー入れ替わりとかその盛り上げ方とか
そういうの見てるお客さんみて楽しそうだなと思ってオレンジレンジのライブってなんかあれ楽しいんだなあと気づいた。
や、そればっかりは自分の手とかミスらないようにミスらないようにとか演奏をうまくしなきゃとか思って
ずっとこう割と足、とか手とか見てたんですけど、間違ってもいいから斜めか、から皆見てみようと思ったら
ライブがとっても楽しくなってというかだから割と、あの俺お客さん1番近いかもしれない、
たぶん一番MCで笑ってんの俺じゃないかなと思うんすけど。」

大和くん「も、とにかくポジティブになるっていう。ナチュラル終えたぐらいからのツアーは
もほんとに声が出なかったりとかもあったんすけどそんなのばっかり気にしててライブとかやったりしてたんですよ、
もうメンタルが。で、「ああもう声が出ないから今日ちょっとテンション落ちたりとか、
今はもうそんなのも吹っ切れてるっていうか声が出なくてもいいや別に。外れてもいいや。
いい意味でそのどうでもいいやっていう感じかな。
毎回毎回声質も違うし、テンションも違うけど、その日なりのベストは出してるつもりかなっていう思います。」

ヒロキくん「やっぱ技術とかっていうよりはその素直に、昔よりもっと楽しめるように、なってきてはいますけどね。
昔はそのー勝ち負けっていうか、そのライブに対する。対バンの方だったり、お客さん対自分たちっていう。
でもなんかそういうのも、自然になくなって、きて。やっぱ自分対自分っていうか自分がいかに楽しめるかっていうのが
もすべて忘れて、失敗しまくって、こメンバーとこうステージの上で顔合わして「お前しくっただろ」とかやってる
ライブの方が意外に、そのお客さんにもそういう空気感っていうのは伝わるし、自分たちもやってて、
楽しいなぁって思いますけどね。」

涼くん「いい意味でこだわりっていうのが抜けてきましたね、最初はもう固かったと思います考え方が。
俺はこういう音楽しかしたくないとかそういうのがいっぱいあって、メロディを歌うっていうのがすご嫌でしたね最初。
だから上海ハニーとかなんて結構いやだったです。最初は。なーんかかわいいっぽいみたいな。
年々そういうのがもう抜けてきて、みんなであのー自分にないものを取り入れて皆がやりたいものを一つ、
にちゃんと向かっていくようにたぶん今のメンバーじゃなかったら変わんなかったかもしれないです。
あのーうちらの聴く(層)超広くて上は40代50代もいれば、下はほんと小学生、にもなってない子が来たりして、
親子で来たりとかして。笑ってるのとかを見てたらそれが1番大事なことじゃないかなーとか思ってきて。
ずっと、続けていきたいですけど、そこは。」


<ライブでのジンクス>
ナオトくん「必ずじゃないけどたとえばライブ連チャンで続けてきてたとえば肩が痛いなぁとか腰がちょっと痛いなぁ
と思ったら治る方法があるんです。朝2時とかに集合するんすよ、うちらライブの日は。
12時くらいに起きて人のライブビデオ見るんすよ。最近だとあのフィーダーとかレディオヘッドもそうだし、
あのーデビットアクセルロットとか・・なんかそれ見たらもうテンションとかあがって別に腰とか痛くならないんです。」

洋くん「逆に、そんなに意識してないかもしれないですね。こう型にはまらず、自然体に入っていきたい気持ちが強いので。」

大和くん「うーんなんだろうな、とりあえずごはんは入れないですね。結構歌えなくなるんです、おなかいっぱいにすると
歌えなくなるタイプなので。それはもうずっと守ってるかな。
で、でも終わったらすぐもう、こっちにあるやつなんでもいいから食べて
で皆で飯食いに行ったころにおなかいっぱいになってる(微笑)」

ヒロキくん「柔道家とかが、よく礼して入るじゃないですか会場に。ちゃんと礼して入るようにはしてますステージに。
それジンクスじゃないんですけど別に、気持ちの問題で。
どうしてですかねーま9割いい人に見られたいってところですかね。わはははは。ちゃんと礼してるーってふはははは」


<ダンスコーナー涼が振付演出を担当>
涼くん「YOUTUBEでパラパラの映像とか見たりして、そういう動きするんだ、みたいな。
でちょっと盗んだりして。DA PUMPさんのDVD見たりとか。(笑)必死でしたよ。」

<ダンサーに当たる照明を確認>
涼くん「照明見えるように。せっかくなんで。」
「アクセントです。このライブの流れの一つで―、ワーッとこのーサーカスじゃないミュージカル的ななんかこのノリ…
もうずっと入れたいなーって思ってずーっとステージもフラットだから―、
フラットなところでずーっと5人が演奏してるっていうのもいいんだけど、
かっこいいんだけど、でもそれをプラスでもっと第三者とかが入ってきてもいいんじゃないかなー
と思ってたんですよずーっと。楽しむとこは楽しんで、ロックっぽくかっこよく見せるのは見せれるから全然、
メリハリつけ、ていければなーってそれはできると思うからうちのバンド。」


<曲作りについて>
大和くん「最初の頃はもう振り返るのが恥ずかしいというか作り直したい、とか
今は昔の曲とか演ったりすると蘇ってくるんですよね、そのー『あーこんなって作った』
『この時のレコーディングこんなだったな、いい曲じゃん』って思ったり。
でも変わらず続けてるのが、自分の作るうたはもうメロディ、キャッチーなメロディー
とにかく耳に残るようなメロディーだけを作ろうっていうのはそれだけは変わらない。」

ナオトくん「自分がこういきたい、と思って例えば『ロック風にいきたい』『テクノ風にいきたい』
っていうのを持っていっても、そうはならないところがおもしろい。
だ(から)3人が、ライブと一緒で、中でなんかいろいろ組み合わさって、結局は
その3人が歌うことでオレンジレンジなる、っぽいよねってなるから、なんでもしやすい
なんかこの5人でやるっていうのが音楽性よりもぼくの場合は人が好きだから、っていう
友達だから、普通に喋ってておもしろいし、だから、こうじゃないと!バンドはこうじゃないと、とか
じゃなくてまずとりあえず皆で何かやりやすくて自由にできる土台とか曲だったらいいのかなーと思って。」


<ライブでのファンとの交流を通して多くの曲が生まれた>
ファンの声
<シアワセネイロは感謝の気持ちを込めて作曲された>
涼くん「『シアワセネイロ』はですね、元々詩を書いた時にあのー幸せな時は気付かないんだけど、
自分が幸せってことにだけどその幸せが例えば手元からなくなった時とかに
『あーあの時自分幸せだったんだ』って気づいて、それの繰り返しだなあって。
だからずぅっとまわってるなぁって思って。で、今回思ってるのも、オレンジレンジがいるのは
皆がいるから、一つ一つ一人一人の笑顔が皆重なって、一人の笑顔を音符だとしたら
皆の音符がガーッてあって、それが幸せのメロディになって、それを伝えたいですとりあえず
とにかく皆がいてくれて、感謝の気持ちを。」

ヒロキくん「ま昔はそのー余りにもバラバラすぎて、ヘヘヘへ、同じテーマでも言いたいことが
バラバラ過ぎだったりあのー一曲の中でもこう矛盾点が生まれたりとかしてハハ、
これダメでしょっていう時もあったんですけど、今は逆にそのそれが武器というか
やっぱ3人それぞれの考えがある訳だし、それは聴く人によってもやっぱり自分が伝えたいこととは
違った解釈をしてもなんか全然アリかなーっていう風に今は思えるようになって。
なんか強制するものでもないし、その人の感じ方で聴いて貰えばいいなて思いますね。


<今回のツアーで函館を訪れた>
ナオトくん「俺もう超好きなんですよ雪が。あのウィンタースポーツができるから、
もうスキーからスノボーから、毎年だから休みの日は来て北海道とか。

大和くん「でも新鮮っすよやっぱ雪、って沖縄では見れないから。確かにこっちの人は雪って大変だと思うけど
俺なんかからしたら見れない光景、まー年一で見れてツアーとかで、うれしいし、
なんか生きてる実感とかを感じますよね。

涼くん「や、最初見た時はやっぱすごいはしゃいでましたよ。飛び込んだりしてました。」
(インタビュアーさん「さすがにもうそういうのは…」)
「昨日飛び込んでましたねーでもハハハハ。あのー函館で呑み終わって、はい。

ヒロキくん「朝今日あのー早起きしてしまって、なんか近くに朝市やってたんで食べに。フフフ
8時、8時くらいから、フハハハハハハ、うにいくら丼を。人もなんか良くてそのおじさんみたいな
『寒いべ、寒いべ』っつって、なんかヒーターをこう取り出してやってくれたりとか、良い人でした。

洋くん「沖縄も空広いっすけど、こっちまた違う広さっていうか、スケールがおっきい感じ。
なんでです(かね)、空っつうか全体、全体的にっていうんですかね、一つの景色としてスケールがおっきいなって感じ。
沖縄は空が単純に『ああっ!』って広い。」


<人生について考えた曲がある>
ヒロキくん「やっぱー人っていうのはそれぞれ、その人生っていうのを持っていて、
でなんかもう一秒一秒ほんとに無駄な時間はないと思うし、それを如何にあのー自分がこうパタンて、フフ
亡くなる瞬間に『ああいい人生だったな、楽しかったな』って思えるか思えないかの勝負だと思うんですよね、やっぱり。
だからこう悔いなくあの笑顔でいる時間あのーいる時間の方が絶対あの得だと思うし、
その笑顔っていうのはやっぱりすごい力が、あるなっていうのをライブでやっぱ実際体感して、わかったことだし、
だからなんかあのー、ステージの、ステージと客席っていう距離感はありますけど、
なんか同じ目線で一緒にこうがんばっていこうよっていう、あの思いというか、うん、メッセージはありました。

大和くん「このツアー中、まぁおばあとかが、亡くなったりとかして、で、改めてなんかすんごいおばあだったんですよ、
99歳、満100歳だったんですけど、もう一人で歩けるし一人で洗濯もできる、
なんでもできるおばあ、ひい、まあ、ひいおばあなんです。
でも、まあ原因はころっとこけただけで、頭打っただけで逝っちゃったんです。でもそのおばあの口癖は
『私は人の世話は受けたくないから、動けなくなったら。』。で、おもしろいのが、そのー日曜日なんですよねその火葬する日。
皆が、その仕事休みの時。仕事の時に来てもおばあは遠慮すると思うんです。仕事休める時に来てくださいねー、みたいな
なんかこの人そこまで計算したんだろうなって親戚一同皆思ってて、なんかうん、思い遣れる人間に俺もなりたいな、
人のことを、うん…そんな優しいにん、人になりたいなって思いましたね。」


<ORANGE RANGEこれから…>
洋くん「んーまぁもうちょっとこうー―大人になってくんじゃないすか?ハハッ
今のままだとマズイすからね、ハハッこれで大人だったら。そいつらしくなっていくと思いますけどその人らしく、自分も含めて。
まそれが一番いいんじゃないかなと思いますけど。

ナオトくん「奇抜なことやりたいですね、なんかもっとヘンな存在というか、なんかカメムシみたいな
ギラギラしてて、クサイ奴みたいな…そういうのいいっすね。

ヒロキくん「5年前に今日このポジションというかやってることは想像できなかったように
これから先もなんか予想外な場所にずっといられるように、奇抜。せっかくのこう、ね、
場所というものを楽しみながらやっていきたいですね。

涼くん「ぜんっぜん予想できないけど最近は皆ライブが楽しいっていう共通点がどんどんどんどん深まってきて、
濃くなってきてるからライブが増えていくんじゃないすかね。その楽しさの深さがどんどん深まってきてるから、
自然にそうなったんすけど――
まぁ尋常じゃないくらい会話が増えてますメンバー間で、気持ち悪いくらい。
今日もラーメン食いに行くって言っときながら先に今行かれてることに対してちょっと寂しいですからね。
今もう行ってんすよ、今行ってんすよ・・・・(首を横に振る)俺を待たなかった・・・寂しいですよ。」



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